紫苑の昔話

紫苑の花は、数々の古典文学に登場します。
先に紹介した紫式部の『源氏物語』、清少納言の『枕草子』、そして沢山の不思議をお話にした『今昔物語』。
そのどれもが、日常の生活を書いた風景の描写材料として存在しており、紫苑の花がいかに平安の時代に浸透していたかが伺えます。

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千年後の現代。

人は大幅に増え土地事情は悪化し、庭付き一戸建ても、都会では今や入手困難な時代。そんな中で、昔のまま何処かの空き地や庭先で、花を咲かせている紫苑に出会う事が稀になったのは、これも必然、といえるのかも知れません。

そんな紫苑の花言葉を伝える、一つのお話を......

           * * *

『 今昔物語集・兄弟二人殖 萱草 紫苑語 』より

今は昔。
親孝行だった、とても仲の良い二人の兄弟がおりました。
ある日、病の果てに命を落とした母を慕い、二人の兄弟は毎日のように母の墓参りをしていました。

数年の後のこと、兄は宮中の役職にあったため、何時までも母親の想い出に捕らわれてしまうことは、公務に差し支えるといい、情を絶つことを誓い、母の墓前に忘れ草である萱草を植えて、墓参りを一切やめてしまいました。

しかし弟は、そんな兄の行為に反意を抱きます。
弟は、兄の植えた萱草を引き抜き、そこに想い草である紫苑の花を植えて、それまで以上に母を慕い、毎日墓参りを欠かさずに続けました。

そんな、ある夜のことでした。

弟の夢枕に、墓守の鬼が現れたのです。
その声は言いました。
「お前の持つ、母を慕う想いの深さに心打たれた。そこで、お前には、翌日に起きることが分かるように、それを毎夜、夢で見せてやろう」

それ以来、弟は前夜の内に予知夢を見るようになり、それからというもの、災難からは身を守りずっと幸せに暮らしたという事です。


故人への思慕の情。それは個々の心の中に、秘やかに住む。そして故人は想い出に姿を代えて、永遠に人の心で生き続ける。
哀しい過去を振り切り、今を生きるために、想い出を忘れようとした兄。
そして同じ想い出を、何時までも心に留め、ずっと一緒に生きていこうとした弟。
忘れないでいること。

その言葉の奥にある、それぞれの想いに少々の儚さを感じつつ......紫苑の花の印象が、ほんの少しだけ、重なって見えるような気がしました。